SEA TO SUMMIT びわ湖 東近江 大会 ②
2023年 5月20日(土)・21日(日) 滋賀県東近江市
大会受付 (2023.05.20)
いよいよ2023年度最初のシートゥーサミット びわ湖 東近江大会へ。
カヤック搬入を込み合う前に済ませる。久しぶりの顔合わせで会話が弾む。





その後、受付・シンポジウム会場へ行き受付を済ませ、会場に居たみんなで、近くの近江ちゃんぽんのお店に出掛ける。 注文は、当然の近江ちゃんぽん、野菜増し&麵大盛。



昼食を済ませ会場へ戻る際に、シートゥーサミッターのお二人とすれ違う。今までの写真を見てわかると思うが、みんなが笑顔でありこの大会のフレンドリーさが非常によくわかる。
そんなことで、シートゥーサミットにはついエントリーしてしまうのであった。
開会式・環境シンポジウム

開会式会場の能登川コミュニティセンターに続々と大会参加者、関係者が集まってくる。
今年初めての大会なのと、初参加の大会だったのでちょっとそわそわとした気分の中、開会式を待ちます。

MCの進行で、SEA TO SUMMIT連絡協議会理事長であり、モンベル会長の辰野さんの開会の挨拶。
MCは、地元ラジオパーソナリティやイベントなどでおなじみの増田晶子さん。
環境シンポジウムのお題は、「私たちは野生動物とどのように付き合ってきたか:これまでとこれから」 東京農工大名誉教授/兵庫県森林動物研究センター所長 梶 光一さん

昨今、食害ではイノシシ、シカ、そして、人も襲われるクマ、ヒグマなどの獣害が取り沙汰されているが、それに合わせたかのような興味深い話題の内容の研究成果の発表でした。
日本では、土地の開墾、森林の伐採などによる利用が進み、江戸時代ともなると江戸幕府鉄砲方が各地に派遣され、山犬、オオカミ、イノシシ等の害虫駆除が行われ始め、やがて、獣害が深刻になるにつれて、鉄砲の利用規則の緩和に伴い国家(幕府鉄砲方)→藩(領主)→農民へと移行。
そして、近世末期に農業被害が激化すると東日本の山岳地帯を中心にマタギ(専門的狩猟技術者)が誕生した。
こんなこともあり、ニホンオオカミの根絶や、各地域でのシカ・イノシシが根絶するに至ったとのことです。
江戸時代に根絶されたシカ・イノシシの事例
- 対馬 1700~1709年 23万人動員してイノシシ8万棟を捕獲して根絶
- 伊達仙台藩 1650年 2500人で巻狩り シカ3000頭捕獲
- 秋田県男鹿半島 1712年3000頭、1751年9300頭、1772年27000頭捕獲
- 青森県 1910年 シカ絶滅
- (青森県八戸 1749年 猪飢餓(いのししけがち)として知られる村で住民1割3000人が餓死した)
このような中、獣害を及ぼす動物たちは減ってきたが、ここ40年来増加傾向に転じてきたが、その理由は何であろうか?
- 保護政策 シカでは、1990年代半ばまでオスに限定した狩猟のみ認められていた。
- 捕食者(オオカミ)の根絶 1990年代初頭
- 狩猟者の減少(1970年代半ば~)
- 森林伐採と草地造成などの生息地改変による環境終了力の増加(1950~60年代)
- 中山間区域での人口減少と耕作放棄地の増加
- 温暖化
このように、江戸時代には獣害根絶政策などにより減少していた野生動物であったが、人が平野から山岳地域まで営みのため切れ間なく利用していたものが、近年、山間部や里地・里山から人が撤退し、耕作放棄地も増加。そして、野生動物のパラダイス化してきた。
山間部限界集落化、へき地化、そして、無人化など少子化や産業構造の変化から、さらにこの問題は深刻化するため、対策として、「人の生活圏と野生動物の住む山間部の境界を管理し、生態個数のコントロールが必要となってきている。」とのことである。
食害の問題、クマに襲われる問題がある東北。そして、今まで居なかったイノシシ・シカの出没などある東北に住んでいると、とても興味深い発表であった。
東近江市 見どころ紹介
うれしいことに、地元の職員によるシートゥーサミット競技ルートでの見どころ紹介のプレゼンテーションが行われた。
戦時下、鉄の供出のため造られたコンクリートの鐘形の重り。これは、金が外されたことで鐘楼が崩壊しないために重りとしてつるしたものとのこと。
山間の神社には、この場所に似つかわしくないほどの立派な龍の彫り物を備えた神社があるとのこと。このほか、カヤックの水路沿いの風景、バイクコース上の近江商人の町、そして、ハイクコースの城跡や寺社などの紹介。明日のアクティビティにもう一つの楽しみが増えたように感じた。
開会式も終わり、その後買い出しをし、カヤックス会場の脇の参加者駐車場で車中泊。
早めに就寝して明日に備える。